結婚しました

私達年代以前の方々は、多かれ少なかれ自分の意志の他で、困難な経験を経ていらっしゃると思います。その起き上がるパワ−が日本戦後の復興を可能にした原動力になったと思います。 横道に反れてしまいました。 両親は葛飾高砂に借家を借り材木店を始めました。戦後の住宅の復興にのり仕事は順調にいき、そのうち、檜造りの家を建ててくれました。木の香りのする、父は背が高かったので、普通より天井を高くした家が、私のお気に入りでした。材木置き場の林場の中に入ると、木の香りがして、そこは、私の大好きな空間でした。昭和39年 縁があり23歳で嫁いだ家は、戦後貧しいまま建てた、バラック造りでした。隣の工場の2階が私たち夫婦の部屋でした。自分の意思で親の反対を押し切って結婚した私は、いつかは自分達の理想の家が
欲しいとひそかに思っておりました。